禁煙6年目の感覚

禁煙6年目・・・
無事、禁煙6年目を迎えることができました。


禁煙6年目ともなると・・・↓
普段の日常会話でふとタバコの話になったとき↓

私「(今)禁煙しています」ではなく、
私「タバコはやめました、(6年前に・・・)」という風に出てくる言葉・フレーズが違ってきます。

6年の歳月が↓
「(今)禁煙しています」という現在進行形の言葉のニュアンスに違和感を持たせてしまうのです。
「もうやめました」という(過去のものとする)言葉のニュアンスの方がしっくり来ます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

★相変わらず、タバコの煙は苦手です・・・
タバコをやめてからは、タバコのニオイを受け付けない体質になってしまいました・・・
テレビなど画面ごしにタバコを吸う人を見るぶんにはわりと平気なのですが・・・街角等で実際に喫煙者とすれ違ったりなんかすると、ものすごい嫌悪の気持ちがわいてきます・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

★ゴミを捨てないでね!



↑・・・これはあんまりだと思うのですが・・・
・・・どうしてこんなに大量に?

↑・・・とある高速道路の高架下なのですが、こんなところでタバコを吸ってタムロするか?って場所だし・・・この本数は、どこかから持って来た(大量の)吸殻ゴミをここに捨てた可能性があるわけですが、わざわざここに持ってくる理由もわからないし、車が気軽に止まれるような場所でもないのです・・・ほんとよくわからない状況です。・・・ある意味ミステリー。



そこかしこに落ちている路上のポイ捨て吸殻を見ると、
本当に喫煙者が減っているのか疑わしく思うときがあります・・・
私が禁煙を始めた6年前(煙草増税により軽い禁煙ブームがありました)と状況はあまり変わっていないのかな?
禁煙に失敗したって人が案外多いのかもしれない・・・?
・・・う~ん・・・

【禁煙】最後に吸った煙草の記憶(思い出)がない・・・




★私には『最後に吸った煙草の記憶(思い出)』がないのです・・・
↑
これが何を意味しているかというと・・・↓

煙草をいざやめる際に『これが最後の煙草だ。思い出の煙草だ。あ~しみじみする~大事に吸おう。』という・・・わりと禁煙をスタートする上で重要であろうイベント、映画やドラマなんかでもよくありそうなシーン『感慨に耽る瞬間』を通過しなかったことを意味しています・・・


■私が禁煙をいざ始めようとしたのが、たしか5年前のゴールデンウィーク(5月1日)の午後1時ごろです。
その日の朝方は普通に煙草を吸っていました・・・ただ、(歯を痛めていたため)煙草がまったく美味しく感じなかったのを覚えています・・・
その日の午前中、私は歯医者さんに行きました・・・
歯医者さんからの帰り道・・・私は禁煙を決心したのです・・・

その時、歯を抜くことが決定していたので、その治療費を煙草をやめることで捻出できたら金銭的な負担を感じなくて済むし、健康的になれるし一石二鳥だなぁと・・・なんとなくそんな考えが思い浮かんだのです・・・

部屋に帰ると本棚に3箱のたばこがありました・・・
最後の1本を吸ってから禁煙しようかとも考えましたが、気分もすぐれないし、カラダが全然煙草を欲していなかったということもあり、
私はそのまま片手で3箱を鷲づかみにしてゴミ箱に放り投げました・・・

これが私の禁煙スタートでした・・・思いつき、突発的なスタートでした・・・
(思いつきにもかかわらず、それは5年も続きました・・・)

↑
・・・結局私が最後に吸った煙草は・・・
その日の朝方に吸った煙草になるわけですが、まさかそれが最後の煙草になるとは自分でも思っていなかったのでまったく記憶に残っていません・・・
それはそれで、寂しいような・・・どうでもいいような・・・


★私の禁煙はそれほど苦しいものではありませんでした・・・
最初の7日間もたいした禁断症状もなく過ごすことができました・・・

↑その理由に上記のような禁煙スタートが関係しているのではないか?と
ふと思うことがあります・・・

A:カラダがなんとなく煙草を受け付けていない時に突如禁煙をスタートする・・・最後の煙草は吸わない(最後に吸った煙草の記憶(思い出)はなくなりますが・・・それがかえって良かったのでは・・・)
B:なにかしらのイベント(歯を抜くというイベント)に便乗して禁煙をスタートする・・・

↑こういう感じのスタートが私にとって非常にハマっていたのではないかと・・・後からしみじみそう思うことがあります・・・
(まあ気のせいかもしれませんが・・・)

禁煙を始める人の参考になれば嬉しいです・・・